小樽市議会議員 秋元とものり-今日も1日-今いる場所で勝て

「小樽市議会議員 秋元とものり」の今日一日の活動と感じた事を率直に紹介するブログです。

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鰊御殿の隠れ部屋

鰊御殿の隠れ部屋

このガラス戸の下方に約10平方メートルの広さの小部屋がありました。

ガラス戸の箇所は押入れの板壁で、その一部が「ドンデン返し」の仕掛け

になって出入りできるようになっていたことから「隠れ部屋」と呼ばれました。

しかし、その使用目的については網元と、ごく一部の家族しか知らず秘密

とされていたうえ、大正末には使われることがなくなったそうであり、次のようなこと

が伝えられていますが、正確なことは謎とされています。

(1)鰊漁の終漁期には現金取引による巨額の販売代金を受け取るため、

  それを狙う強盗から防備するための現金保管場所とした。

(2)漁夫が病気になった場合に補充者として、漁場を渡り歩く「徒渡り」と

  呼ばれるあまり素性のよくない漁夫を、やむをえず雇うことがあった。

  人並みの働きもしないのに、切り上げの慰労宴会で特別手当金が不足

  だといって、時には酒の勢いで刃物を振り回したりするため、網元や家族

  たちの避難場所とした。

(3)網元間で腕の良い「若い衆」(漁夫)の引き合いが激しく、引き抜いた

  「若い衆」を連れ戻しに来た時の隠し場所とした。

(4)鰊漁は豊漁と不漁の差が著しかったため、不漁年に借金取りが来た時の

  網元の隠れ場所とした。

(5)田中家番屋は急傾斜の崖の下に建っていたため、雪崩の危険性があり、

  いざという時には、太い柱や梁で守られているこの場所が一番強固であったため、

  家族の避難場所とした。


隠れ部屋  隠れ部屋-2
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