小樽市議会議員 秋元とものり-今日も1日-今いる場所で勝て

「小樽市議会議員 秋元とものり」の今日一日の活動と感じた事を率直に紹介するブログです。

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(17)歌碑・記念碑 廣井 勇像

(17)歌碑・記念碑 

廣井 勇像です

廣井 勇像-1

廣井 勇(ひろい いさみ)は、文久二年(一八六二年)高知県に生まれた。

札幌農学校第二期生、卒業後渡米、ミシシッピー河改修工事に携わり土木工学の

研さんを積んだ、当時の橋りょう建設の第一人者である。札幌農学校教授を経、

東京帝国大学教授、この間北海道庁技師を兼ね、我が国の最初の外海荒波に

対する本格的防波堤を小樽港に造ることを政府に決断させた。

明治三〇年五月、初代小樽築港事務所長として一〇か年計画で

第一期小樽築港工事(北防波堤、赤灯台)に着工、同四一年五月この難工事を完成させた。

この成功により北海道の各港の築港工事が大きく前進することとなった。

胸像は、昭和三年廣井没後、学界有志によって「故廣井教授記念事業会」が組織され、

翌四年、小樽港を一望する公園見晴台に建てられた。

「工学博士廣井勇君之像」とかかれた台座の側面に博士の功績をたたえた碑文

が誌されている。

胸像は、戦時中の金属供出によって撤去されたが、昭和二八年十一月三日、

小樽市出身彫刻家・中野五一の作によって再建された。高さ二メートルの

美しいみかげ石の台座にブロンズの胸像が据えられている。

廣井、伊藤長右衛門の胸像は、ともに開港百周年を迎えるに当たって

完成した運河公園に移すほうが、より意義があるとし、

市民有志が「胸像帰還実行委員会」を設立、記念事業の一環として移設が決まった。

移設除幕式は平成十一年八月四日である。

廣井 勇像-3  廣井 勇像-2

廣井 勇像-4  廣井 勇像-5


久しぶりの「歌碑・記念碑」の投稿になります

この胸像は写真にもあるように、小樽港、運河を一望する運河公園にあります。

立派な胸像ですね。
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