小樽市議会議員 秋元とものり-今日も1日-今いる場所で勝て

「小樽市議会議員 秋元とものり」の今日一日の活動と感じた事を率直に紹介するブログです。

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(8)歌碑・記念碑

(8)歌碑・記念碑は

経度天測標と旧樺太日露国境中間標石です

水天宮境内にこの様な看板があります。

経度天測標と旧樺太日露国境中間標石-2


経度天測標は、明治26年(1839年)旧海軍水路部が水天宮山上での天文測量により設置した石柱で

あり、側面に「水路部」裏面には「明治二十六年十月」と刻まれています。

 日露戦争終結後の明治三十八年(一九〇五年)九月、ポーツマス条約で両国の国境が樺太(現サ

ハリン)の北緯五〇度に定められ、翌三十九年(一九〇六年)六月から国境の画定作業が開始されま

した。その際、この経度天測標は、海馬島など付属島しょの正確な経度を測定するための基準点とし

て使われました。

 同年十一月十三日、日本郵船小樽支店(国指定重要文化財)で日露国境画定会議が開催され、北

緯五〇度線に天測境界標石四基、中間標石十七基の設置について協議し、明治四〇年(一九〇七

年)十月二日、国境画定作業を終えました。

 旧樺太日露国境中間標石(レプリカ)は国境画定作業の記念として、当初小樽公園内に置かれまし

たが、昭和六年(一九三一年)に水天宮境内の現在地に移設されました。


(後方、塀の内側をご覧ください)
                                              小樽市
  ? ? ? 覗いてみると

経度天測標と旧樺太日露国境中間標石-1
  素直に除くと これが国境中間標石か~

なるほど 「水路部」の文字がありますね  裏側はどうなってんだろうとおもい裏側へ


経度天測標と旧樺太日露国境中間標石-3
  これが裏側です。 小樽に住んでいて、小さい頃はこの境内でもよく遊んだのに気が

    つかなかったな~


旧日本郵船小樽支店にも関連するものが展示されているそうなので今度はそちらも見てみたいと思い

ます。
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