小樽市議会議員 秋元とものり-今日も1日-今いる場所で勝て

「小樽市議会議員 秋元とものり」の今日一日の活動と感じた事を率直に紹介するブログです。

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(4)歌碑・記念碑 小林多喜二

歌碑・記念碑(4)は 

小林多喜二
です

小林多喜二-1

多喜二表   多喜二裏
記念碑表           記念碑裏

小林多喜二文学碑について
小林多喜二は昭和のはじめから十年代まで、その作家生活は短いものでありましたが、当時の困難な条件と天皇制の弾圧のもとで、働く人びとの開放と平和のためにたたかい、ペンをもって生涯を革命的に生き抜いたプロレタリア作家であり、彼の文字は、抑圧され、しいたげられている人びとをはげまし、力づけるものでありました。(小林多喜二文学碑建設趣意書より)そのすぐれた業績を顕彰しようと、小林多喜二文学碑建設期成会がつくられ、全国的な募金運動をはじめとする一年有余の取り組みを通じて、一九六五年十月、この地に建立された。


記念碑表にはこのように刻まれています

冬が近くなると
ぼくはそのなつかしい国のことを考えて
深い感動に捉えられている そこには運河と倉庫と税関と桟橋がある
そこでは 人は重っ苦しい空の下を どれも背をまげて歩いている 
僕は何処を歩いていようが どの人をも知っている 
赤い断層を処々に見せている階段のように山にせり上がっている街を ぼくはどんなに愛しているか分からない


記念碑裏

小林多喜二年譜
一九〇三年秋田に生まれ 四才のとき小樽は移住 小樽商業、小樽高商をへて拓殖銀行に勤務し かたわら「クラルテ」などにより文学活動に入る 一九三〇年上京 日本プロレタリア作家同盟に加盟 のち書記長
一九三一年日本共産党に入党
一九三三年二月二十日築地警察署に逮捕され拷問をうけ死亡
代表作
防雪林 一九二八年三月十五日
蟹工船 不在地主 工場細胞
転形期の人々 党生活者


最近は「蟹工船」が脚光をあび若者にもよく知られている小林多喜二です。
小樽に住む一人としてまだまだ知らない部分も多く反省の繰り返しですが、このことをきっかけにさらに勉強する機会も増えています。

この碑は旭展望台にありますよ
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